RC 今昔物語

平成20年5月7日 第3112回帯広ロータリークラブの例会「会員卓話」にて、クラブ会報「今昔物語」と題してパストガバナー田中 弘会員より下記の会報に関する提案があり、今期(2008-09)より帯広ロータリークラブの会報初期(ハガキ)をクラブ会報とクラブホームページに掲載し先人の苦労と当時のクラブの運営について学んで行きます。

※同時に旧会報をデジタル保存致します

卓話内容

(中略)

ロータリーメモにあるように、会報の変遷とあります。昭和27年戦後帯広クラブが再開したときに発行しました、帯広ロータリー倶楽部例会メモ「例会便り」というのが第一号でありまして、これから始まって今日までの50年間、全部の会報を整理してあります。50年を振り返って見ると、先輩ロータリアンが大変苦労しているということです。ここで一番、興味を持っていらっしゃると思いますが、葉書がアルバムになっていますが、これは昭和25年帯広倶楽部が再開したときのチャーターメンバーの能勢正美会員が葉書一枚一枚に自分でデッサンし、そして色鉛筆で塗っていったものです。その葉書形式の会報を各会員に郵送していました。能勢会員が昭和45年6月に亡くなられました。それまでの間20数年間、会員に対する会報を一枚一枚、色鉛筆で書いていました。それが2年ほどたちまして、「例会便り」から「週報」という名前に変わりました。翌年昭和29年には「OBIHIRO WEEKLY」に変わりました。ここでも毎号、能勢会員が絵を描かれていました。その絵がやがて日本ロータリークラブの本部、東京事務局が知りまして、国際ロータリーに連絡が行き、帯広ロータリーの会報は世界一であると表彰を受けました。当時日本ロータリークラブの間でも話題にもなりました。能勢会員が亡くなってからも葉書形式は続き、荘田会員が撮った写真入に変わりました。昭和52年に「帯広ロータリークラブ会報」と現在の名称になり、会報の意味からいって、葉書サイズではスペースが狭いのではないかとの批判が起き、そこでNo.1230号から葉書の宛名を書く部分の下も使い一枚半を使い始めました。昭和56年に葉書サイズからA4判のプリント式にかわり、それから5~6年が経ち今度はB5判になりまして今では貴重な資料となっています。ではこれだけ立派な他のクラブには例のない会報ですが問題があります。昨年は会報一年間、87万円かかり、本年では93万円くらいかかる予定です。クラブの一般経費の10パーセントが会報に使われているそれだけ貴重な会報を持って帰った後、大半の方は隅っこに置いているのが現状ではないでしょうか?来週に現状の会報で満足か、改善したい所は無いかの簡単なアンケートを会報委員会と記録保存委員会とで実行したいと思います。前年度と同じ形式でやるよりも新年度の役員は新しい着想で魅力のある、読んで楽しい、読みたくなるような会報にならないかと思います。

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