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2001-2002年度会長報告

第2831回例会会長あいさつ2002.5.22

2002 年 5 月 22 日

2005-6会長

 前回の例会終了直後、午後2時20分のJAS便で出発、成田経由でニューヨークに行きました。その理由は、とかち国際現代アート展「デメーテル」の開催に合わせ、オノヨーコさんの招へいと、作品の打ち合わせがあったためです。また、セプテンバーイレブン(ニューヨークにある世界貿易センタービルに、ハイジャックされた航空機2機が衝突した事件)の現場が5月中に片づき、再建の動きが始まると聞いており、その前に現場を見ておきたかったのです。
 オノヨーコさんには17日にお会いしました。ジョンレノンがセントラルパークで狙撃されたすぐ横に、「ダコタハウス」というアパートがあり、そこにジョンとヨーコは住んでいましたが、今もオノヨーコさんは住んでいます。7階をほぼ買って所有しているようですが、そこで話しをしてきました。
 また、帯広出身の曽根純男さんがニューヨークに住んでおりまして、「モーシヨン・プラネツト」というビデオ会社の仕事をしていまして、新庄剛史やイチローの試合はすべて彼が撮って、NHKなどに配信しております。彼は広小路の旧ニコニコ屋さんの次男です。昨年の共和党の大統領選のビデオを撮ったり、ソニーの仕事をかなりしています。彼はなぜか飲食業も好きで、すし店もやっていますが、そこも大流行で、ほとんどアメリカ人ばかりが来ています。パブも中心街で経営していて、いものこを洗うような混みようで、日本の文化ということでカラオケを流していましたが、アメリカ的にアレンジし、マイクを何人かで持ってはもるといった感じでした。1日300人は来店するそうです。
 グランドゼロでは、入場料を取っておりました。さすがアメリカと思いました。ツインタワーがあったところはまさに何もなくなっており、殉職した消防士やその他の人たちの遺品が壁面いっぱいに飾ってありました。また、ガードしている消防士、警察官たちもいまだに陰うつな表情で、仲間が殉職した現場をしっかり守っているという感じでした。
 ただ、グランドゼロから8カ月が経過し、その影響はかなり薄れていると思いましたが、決してそうではありませんでした。今も消費が停滞しているそうです。しかも高級品が売れない、15%ダウンしたまま動かないというのです。日本でも、神戸の震災(1995年の阪神淡路大震災)の時も同じ現象が起こりました。アメリカでは、この傾向、当分続くと言われています。
 通常、私はセントラルパーク近く、五番街のホテルに泊まることが多いのですが、今回はソーホー地区のホテルに泊まりました。しかも宿泊したのは、アメリカですごくはやっている「ブティックホテル」と呼ばれる形態のホテル。古いビルを改修し、センスのあるデザインが特徴で、ソーホー地区には多く存在しています。ソーホー地区は、アメリカの下町的な街で、高層ビルは少なく、6~10階のビルが連立しており、どちらかというと、フランスパリを思わせる街。若者が多く住んでいるのでも有名です。そこが今、商店街として大変貌(へんぼう)しておりまして、ニューヨークの最も進んだ店が軒を連ねています。センスのある店が、銀座なんか問題にならないくらいたくさんあって、プラダやシャネルもつい最近、NYの旗艦店を進出させるほど。これまで五番街を中心とする商店街から、ソーホー地区に重点が移りつつあることを目の当たりにしました。
 今、帯広も商店街が決して好調な状況とは言えません。ただ、ソーホー地区を見るにつけ、個別の商店は、やりようがあるなと感じさせられます。1店1店が個性的でセンスがある。が、安くはない。クオリティーも高い。中心街だけでなく、今後の帯広、十勝の発展にも、ソーホー地区は参考になると、強く感じさせられました。