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2004-2005年度会長報告

第2964回例会 合田 修 会長報告 2005年3月2日

2005 年 3 月 2 日

2005-6会長

3月に入りましたが、例年になく寒い日が続いております。それでも何か春の息吹きを感じる季節となりました。いよいよ創立70周年記念式典開催まで、残す処あと僅かとなっております。

昨年の6月1日に実行委員会を立ち上げまして、この間鈴木樹実行委員長を始め、各担当委員会の皆様には入念な準備を進めて頂きましたが、帯広RCの70年という歴史に相応しい内容に仕上がっておりまして、後は本番を待つばかりとなっております。鈴木実行委員長並びに各担当委員会の皆様には大変なご苦労をお掛け致しておりますが、最終チェックに向けまして、引き続き宜しくお願いを致しますと共に、会員皆様に於かれましても、この事業に対する意識を高めて、当日に臨んで頂きたいと思いますので重ねて宜しくお願い致します。

さて、今日は日本ロータリー並びに帯広RCの戦後再開に大きな貢献をされました帯広畜産大学初代学長宮脇冨先生について触れたいと思います。宮脇先生は島根県大田市ご出身で日本酪農学会の創始者であり、戦後既に米山梅吉さんが亡くなられておりましたので、RIは宮脇先生を頼りに日本ロータリーの復興を図ったという歴史上の人物であります。
昨年の5月末に先生の功績を称える顕彰碑が生誕の地に建立されまして、その除幕式の様子が十勝毎日新聞に記事として掲載されたものが、本日皆様に配布した資料でありまして、誠にタイミングの良い記事で当時私はこの記事に釘付けとなりました。勝毎さんには感謝申し上げたいと思います。この島根県大田市は出雲市の西隣り、日本海に面する現在人口33,600人の町ですが、曾て江戸幕府の財源ともなった日本有数の鉱山で、世界遺産にも登録予定の石見銀山の遺跡のある所であります。

この度この大田市にあります大田ロータリークラブから、RI100周年を記念して顕彰碑建立への協力と共に、宮脇先生のロータリーでの功績を記念誌として発刊し後世へ残すべく、帯広RC在籍時の主な役職や残された文章等があれば、頂戴したいとのご依頼が参りました。大田RCは宮脇先生が東京RC在籍当時、自分の故郷にもロータリークラブを創設したいとのお考えから誕生したクラブで創立34年、会員数が44~5名のクラブの様ですが、当クラブ戦後再開の産みの親が宮脇先生とするならば、大変因縁の深いクラブとなるのではないかと思います。そこで、戦後間もない頃の資料と言われますと、私の生まれる前の時代の事でありますので、ここは生き辞引である田中PGにお願いをしまして、参考となる資料を探して頂くと共に、宮脇先生と当クラブの出会い、先生の功績等を取り纏めて頂き過日送付する事が出来ました。田中PGには大変なるご尽力を頂きまして誠にありがとうございました。探して頂いた資料の中から注目すべき資料として、宮脇先生は1968年5月にご逝去されておりますが、その年「ロータリーの友」8月号は宮脇先生の追悼号となっておりまして、時のRI会長東ヶ崎潔氏初め、多くのパストガバナー並びにロータリー関係者からの先生を偲ぶ文章が掲載されております。「ロータリーの友」にこれだけ特集が組まれたのは恐らく先生が初めての事と思いますが、それだけ偉大なロータリアンが帯広RCに在籍していてくれたからこその70周年であるという事を改めて認識し、歴史ある帯広RCの会長として、責任感をもって3月6日の記念式典に臨みたいと考えておりますので、皆様方のご協力を改めて宜しくお願い致しますと共に、今年度を無事終了する事が出来ました暁には、一度宮脇先生の生誕の地を訪ねてみたいものだと思っております。

以上、報告致しまして本日の会長報告と致します。